オニキスのゆびわ
旅ももうすぐ終わり、というときに、空腹に耐えかねてのれんをくぐったのがとある地方の駅の構内にある立ち食い蕎麦屋さんだった。
立ち食い蕎麦、というには割と本格的なメニューもある。
地元の製麺所の木箱なんかもあり、都会にありがちな冷凍麺をただ湯がくだけの蕎麦とは一線を画していた。
注文した蕎麦でしばしお腹を満たし、身体を温めていると、隣で蕎麦をすすっている強面の男性がこちらをじっと見つめているのに気がついた。
「旅のひとか」
ぶっきらぼうに、そう言い放つと、
「ねぇちゃん、この人にニシンそば」
と勝手に注文を始める。
いま、一人前食べ終わったばかりなのに。
どこから来た、どこに行ってきた、いつ帰るのか、普段は何をしているのか。
矢継ぎ早に質問を浴びせかけつつ、もうすぐ旅も終わるんですと言うと
「じゃあ親御さんに土産買うちゃる」
といいながら、まだニシン蕎麦を食べ終わっていないわたしの腕を引っ張ってキオスクへといざなう。
どこにでもある、よくある菓子折りを一つ買ってわたしに押しつけ、まだ何か言い足りなさそうにする強面の男性。
「デザート食うか」
そういいながら、今度は駅前のクラシカルな純喫茶へと連れて行かれるハメに。
それもこれも旅の醍醐味だなぁと思いながら、わたしは流れに身を任せていた。
伝統的なプリンパフェを前に、ひとしきり身の上話を聞かされる。
どう考えても強面の男性は地元のヤクザだ。
彼にはわたしと同じ年くらいの子どもがいて、一人旅をしているわたしを自分ごとのように心配してくれていたのだった。
心配だから家へ泊まっていけと言うのを丁重に断る。
帰りがけに、渡されたオニキスの指輪。
「アイツはもうすぐ死ぬんだ、癌で」
さきほどの立ち食い蕎麦屋を切り盛りしていた美人な女性が、末期癌だというのだ。
強面の男性と美人さんとの関係はよくわからなかったし、にわかに信じがたい話だったが、その“アイツ”さんからの指輪を、なぜかわたしにくれるという。
「お守り代わりに、な」
戸惑いながらも、人びとの交錯の証を手に握りしめた。